町田の歴史教科書採択における意見陳述

2009/10/14 (Wed) 11:01:37

8月12日の町田市教育委員会の(歴史・公民等)教科書採択に関する審議の場における意見陳述を紹介します。

 私はまず、自由社の中学歴史教科書2012年版に関連し、意見陳述したいと思います。市民団体「子どもと教科 書全国ネット21」の6月13日の記者会見によれば、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された自由社の歴史 教科書12年版の年表が、東京書籍の02年版の年表とほぼ一致し、出来事の選択が、「縄文時代 採集や狩りによ って生活する」から「1997 アイヌ文化振興法制定」まで約180項目ですべて一致したそうです。

「つくる会」の藤岡信勝会長は「指摘を受けるまで気づかず、年表担当者は退社して経過を確かめようもないが、関 係者に深くおわび」したそうです。

盗作は社会的道義に反する犯罪行為です。未来をになう子どもたちに、こうした教科書を与えることがあっていいの でしょうか?教育委員のみなさんの良識ある判断をお願いしたいと思います。

 次に、3月11日の大震災と福島・原発事故にたいして教育がどう立ち向かうべきか、大切なことだと思います。それ は、あの多大な犠牲を出した太平洋戦争に対するとらえ方・歴史観とも通ずる問題だと考えるからです。そこで、「 自虐史観」の打破を唱える人たちの原発問題のとらえかたを調べてみました。

例えば、前航空自衛隊幕僚長の田母神氏は、自由社の『新しい歴史教科書』と『公民教科書』に「目を通した上で推 薦者として名前を公表している」一人です。その田母神氏が月刊誌「WILL」8月号で、何と「原子力発電は比較的安全 である」というのです。田母神氏は、「反原発は我が国の核武装を封じようとする反核運動」とすらのべ、福島県民 からふるさとを奪い、漁業、農業に甚大な被害を与えた事実を、真正面から考えようとしていません。

名だたる「自虐史観」キャンペーン参加者が福島県民に寄り添えないのは、偶然ではありません。この5月末に、地 下に原子炉を建てようという議員連盟が発足し、「自虐史観」排除を唱える安部、麻生、森・元首相らが名を連ね、 会長の「立ち上がれ日本」の平沼代表は、今の原発は5重の防御だが、「地下に納めれば6重の防御」だと言ってい ます。福島では、この5重が壊れ、メルトダウンしたわけです。

原発は原子力潜水艦の建造からスタートしたそうですが、日本は原潜をもつべきだ、というのが田母神氏などの持論 です。原発の無条件継続を表明している人物に田母神氏と藤岡氏がいます。育鵬社教科書執筆者の八木秀治氏は「条 件付き継続」です。さらに、田母神氏は一昨年、長崎県で「日本に国際的な発言力がないのは核兵器がないからだ」 とのべ、日本の核武装の先頭にたっている一人です。「つくる会」教科書を支持する人が、こうした危険な考え方を もち、罷免されたことを忘れるわけにはいきません。

 歴史教科書で「いのちのバトン」を強調している育鵬社は「新しい教科書の発行に当たり、従来のパートナーであ る「つくる会」には、一貫して「ご協力の声をかけて」いるそうです。平成19年8月吉日 扶桑社 育鵬社 代表取締 役社長 片桐松樹(当時) 一時的な仲たがいはあっても、「つくる会」と育鵬社、自由社の間に大差はなく、共通し ているのは、非科学的で無責任な態度ではないでしょうか。

そもそも、司馬遼太郎氏が『街道を行く』で指摘したように、軍隊は国民を守らない。少なくとも帝国陸軍は、国民 を守らなかった。中国の旧満州然り、民間犠牲者が県民の4分の1から3分の1といわれる、沖縄然りです。

さらに、敗戦前後の本土ではどうだったか?隣の神奈川県では、マニラの停戦協定に基づき、米軍の厚木などへの進 駐のため、部隊を北に移動させる必要が生じます。県の渡辺警察部長がこう発言しています。「戦後の神奈川県政」 (1955年)

「相模湾沿岸の陸軍約三万、三浦半島の海軍陸戦隊約十万を四十八時間以内に撤退させる義務があった。。。きわめ て給与が悪い。鉄砲なんかもちろん、靴なんかもない。食物も不十分なため農家とのいろんな関係もあり、ごく秘密 でしたが、兵隊の強姦も相当ありました。従ってなかなか軍民の一致ということができにくい状況にあった」。

 「あらゆる交通機関を動員しても十万を出せないというので、知事さんはじめ非常に心配したが、私の考えでは、 おそらくこの軍隊自体が、途中で強姦、略奪、その他をやるだろう」また当時の憲兵隊が「必ずしも終戦に順応して いない」という懸念をもっておった。

県知事が輸送手段を心配している時に、警察部長は「軍隊が途中で強姦、略奪をやるだろう」と懸念していた。県の 幹部が、「聖戦」に降伏はないとする軍の一部が、住民を守らない、逆もありうる、と見なしていたわけです。

相模湾の砲兵中隊にいた読売新聞の正力社長は「中隊には一発の実弾もなく、木製の模倣弾で演習した。竹槍部隊と 同じだった。」と月刊誌で証言しています。中央公論2007年
いわゆる「本土決戦」では、米軍が相模湾から上陸後、まず水際、次いで内陸の防衛陣地、さらに小山田の「戦車道 路」今の「尾根緑道」が第3ラインとされた。もし、45年11月の九州・「オリンピック作戦」に続き、翌3月の「コロ ネット作戦」が実施されたら、恐らく水際も、砲兵中隊も、「戦車道路」のラインも破り、原町田から八王子や、鶴 川街道方面を経て首都東京へ突入していったことでしょう。

当時の町田の人口は約5万(50528 東京都統計年鑑)、神奈川は186万人で、沖縄になぞらえるなら町田で1万から1 万5千、東京全体で100万人以上、神奈川で40万から60万人の民間犠牲者が出た可能性があります。第二次大戦の町田 の戦死者は、ほとんど軍人で1,105人だそうですから、その10数倍の民間の死者が出たかもしれません。(町田市は5町 村が合併して誕生しましたが、その一つの人口が壊滅したことになります)

 8月6日,9日の原爆投下を経て、15日の敗戦を迎え、幸いにこの犠牲はなかった。本土は戦場にならずにすんだ。し かし、戦場にならずにすんだのは日本本土であって、日本軍が進駐・占領したアジアのすべての国々の「本土」が戦 場になった・戦場にしたことを直視すべきでしょう。

軍隊は、軍事力では、住民や国民を守れない、国益を守るどころか甚大な被害を作り出したことは歴史が証明してい ます。

 歴史や教育は一体なんのためにあるのか。それは一つには、21世紀の日本と世界の平和を、軍事力を用いずに国際 間の紛争を解決するため、ではないでしょうか。

1945年8月15日に、日本は世界中を相手に一人戦争をしていた、なぜこんな無謀な戦争をやったのか、また、福島原発 の事故を考えるとき、なぜこれほど危険なことを推進してきたのか、今年の夏、考える絶好のチャンスだろうと思い ます。

 東日本の歴史的体験を経た日本で、今後、こどもたちが、無謀な戦争をあたかも聖なる戦争であったかのように描 く教科書で教育されるのか、「安全神話」が崩壊し、7割8割の国民が「ゼロ」を望んでいる原発を推進する教科書が 子どもたちの手に渡るのか、アジアが注視しています。もちろん、ことは私たち日本国民の問題であり、ここ町田に あっては、町田市民とここにおられる教育委員のみなさんの肩にかかった問題です。

 被災地で、略奪などがさしてなかった。世界中で高い評価を受けています。そういう時に、財産や命、青春や健康 すらうばった戦争を賛美するような教科書を、子どもたちに与える、そのようなことが行われないよう、切に要望い たしまして、意見陳述とさせていただきます。ありがとうございました。






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