<これが日本防衛?>------
横須賀を母港とする米軍の空母は何をやってきたか。(その1)


<これは日本防衛だったか?>
------横須賀を母港とする米軍の空母は何をやってきたか。(その1)
その日(1965 November 26th), キティーホーク機は 90 回の攻撃出撃をベトコンにたいして行い、140トン以上の爆弾を投下した。
(3 February, 1966) キティーホークは1日に攻撃出撃49を含む170回の北ベトナムへの出撃をおこなった。
1966年2月22日から3月5日までにキティーホーク機は直接航空支援出撃を1日平均100回おこない、南ベトナムの友軍を支援した。
From 27 November 1965 to 23 May 1966: The ship had conducted 9,223 combat sorties and 1,485 support sorties.
1965年11月27日から1966年 5月23日までに,キティーホークは9,223回の戦闘出撃と、1,485回の支援出撃をした。
1965年11月26日から1966年 5月14日までにベトナム共和国の共産主義ゲリラ勢力の跋扈にたいする戦闘作戦への支援をしたことでキティーホークは海軍部隊賞を与えられた。同空母のCarrier Air Wing 11は、1万回以上の出撃と10,700トンの対敵爆弾投下を行った。

During Kitty Hawk's participation in Operation Iraqi Freedom, the air wing flew 5,375 sorties during 11,800 flight hours, and expended 864,860 pounds of ordnance. Approximately 39 million gallons of water were produced, and 9 million gallons of fuel were expended. With the successful conclusion of the naval portion of Operation Iraqi Freedom, the Kitty Hawk Strike Group departed the Gulf on 16 April and returned to their forward-deployed port of Yokosuka, Japan, on 6 May 2003.
Operation Iraqi Freedomに参加中、キティーホークの航空軍は11,800時間の飛行と、5,375回の出撃、864,860ポンドの爆薬を消費した。ほぼ39 million gallonsの水を精製し、9 million gallonsの燃料を消費した。
出所:
www.chinfo.navy.mil/navpalib/ships/carriers/histories/cv63-kittyhawk/cv63-kittyhawk.html

米海軍の  Aircraft Carrier Locations CV-63 Kitty Hawk / CVW-5(NF)を見ると、米空母キティーホークがいつ、どこにいたか、のあらましがわかる。(Last update on Jan.31, 2007とある)
 
それによれば(計算はあくまで目安であることを了承いただきたい)、
1998年8月11日の横須賀到着後、2006年12月10日の横須賀到着まで、
8年と121日、つまり3041日の間に、
米空母キティーホークが
(A) 出港後、日本周辺地域に配備された日数は
のべ306日で(全体の10.06%)
なお、日本周辺地域とは、East China Sea, Sea of Japan, ROK, 関連したWestPacとした。

(B) 出港後、日本周辺以外の地域に配備された日数および近海でsea trial, carrier qualificationまたはDEPENDENTS CRUISE , FAMILY CRUISEなどに従事した日数は
のべ1257日で(全体の41.33%)
(C) 港内に留まり、オーバーホール・修理などに従事した(甲板上におそらく艦載機がなかった)日数は
のべ1443日で(全体の47.45%)となる。
仮に(B)−−周辺外と(C) 港内とを合計すると、
2700日(全体の88.78%)となる。(総計は98.84%で許される誤差範囲だろうか)
 もちろん、艦載機が甲板上におらず、陸上基地で羽を休めるか、修理、演習に従事していても、「有事」に際して直接発進することは可能だろうが、それは一応、空母(艦隊)の機能と無縁だとしよう。

「周辺」区域の設定や計算に多少のミスがあったとしても、以上から、
キティーホークが日本に配備された8年と3分の1の期間中の、
9割近く、少なくとも8割以上の日数が、日本防衛に直接関係ない目的で費やされたと
言えるのではないだろうか。
 そして、日本周辺以外の地域、例えばイラク戦争における”Operation Enduring Freedom”などへの参加こそ、この空母と部隊の最大の目的であったと言えよう。
 それは、それがたった1ヶ所の海外における空母の母港であったとしても、米空母本来の使命を達成する任務からして、当然のことだ。
 なお、以上のことは、時たま行われる「家族や友人の参観日」の実態からも明確だ。そこには、同空母が「日本防衛」を任務とすることなど、まったく伺えない。
 「日本防衛」は、記者会見における在日米海軍司令官などのリップサービスにすぎない、とすら言えよう。(以下、続く)




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