沖縄返還協定特別委員会--陸戦法規など

2009/10/14 (Wed) 11:01:37

67-衆-沖縄返還協定特別委員会-3号
昭和46年11月11日

○川崎(寛)委員 なぜ沖繩基地の規模や機能が縮小できなかったか。ほんのわずか、役に立たないところだけ 返されますけれども、その基地の機能、なかんずく機能ですね、これを変えることができなかったということ。 総理は安保条約の問題について触れましたが、これは後ほど具体的に基地の形成過程の中でお尋ねしたいと思い ます。県民は、少なくともこの返還によって基地は相当程度縮小されるものだ、せめて縮小されるものだと考え ておった。本来ならば昔の沖繩にして返してもらえる、祖国に帰れる、こう思うのが心情であります。
 では、昭和二十年から今日に至るまでの間で沖繩がどんなに変わってきてしまったか。すっかり変わってしま っているわけです。すっかり変わってしまった沖繩で返るわけです。そこに問題があるわけですね。これは後ほ ど具体的にお尋ねしてまいりますけれども、あなたはいまのままで返ればそれでまずいいんだというお気持ちで ありましょうけれども、そうではない。この異民族の支配のもとにすっかり変えられた沖繩、それをなぜ変えら れなかったかということ、これは共同声明がその問題点を明らかにしておるわけでありますけれども、そこの点 が明確にならなければ県民は納得をしません。なぜ基地の機能を縮小できなかったか、もう一度明確にお答え願 いたいのであります。

○佐藤内閣総理大臣 御承知のように、沖繩は本土防衛の第一線になり、沖繩決戦が行なわれたその場所でござ います。これは焦土と化した、かように申しても過言ではないと思います。沖繩県民すべてがその戦争の惨禍を 受けたわけであります。私は、その後引き続いて米軍基地が残った、かように理解しております。しかもその後 、その占領当時の状況のものばかりでなく、さらに強化されたものもあるだろうと思います。これが施政権下に あるアメリカの行なったことであります。私はこれを考えながら、現在の日本本土における米軍基地、縮小され た基地、それを考えながら、今日までのこの縮小の状態に到達するまでにわれわれは一体何年かかったか、これ はずいぶん長い間かかっております。この状態を同じようにやろうというわけでじゃございません。
われわれも ずいぶん基地の縮小について努力し、いろいろ卓をたたいてまで折衝して、そしてようやくA表、B表、C表、 そういうものがきまったわけであります。しかしながらそれが不十分であることは、今日われわれもわかってお りますから、今後ともさらにこれについて整理統合を積極的に進めるべく努力する。これは島民の皆さま方にも お約束のできることであります。私は県民の皆さん方をあたたかく迎えて、そうして県民の皆さまとともどもに 米軍基地の縮小、整理について努力したい、かように思います。

○川崎(寛)委員 本土の基地が縮小されるのに時間がかかったんだから、返ってくる沖繩はこれから時間をか けてやればいいんだ、こういうふうに受け取れます。冷たいじゃないですか。平和条約が発効したのは一九五二 年の四月二十八日ですよ。その講和条約は沖繩にも及んだのです。しかし、沖繩に及んだその講和条約は、平和 条約の第三条でアメリカが自由自在に、生かすも殺すも自由自在という状態になったわけです。同じ平和条約の 中で差別をされてきた沖繩の問題です。そしていま世界の情勢が大きく変わる中で、その変わる方向すら差し示 すことのできない今回の返還協定であります。でありますから、いまの総理の考え方、そしてこの返還協定の本 質、そういう問題は具体的にひとつこれから詰めてまいりたいと思います。
 ではお尋ねをしますけれども、いまアメリカはアジア太平洋から軍隊をニクソン・ドクトリンに従って撤退し つつあります。米軍の削減をいたしつつあります。その事実をお認めになりますね。そこで、ベトナム、タイ、 韓国、台湾、日本本土、沖繩、ここにおける米軍の削減の状況というものを、防衛庁長官、お答えいただきたい と思います。

○佐藤内閣総理大臣 防衛庁長官の答弁の前に、先ほどの私の答えでどうも誤解しておられるようであります。 本土が今日の状態までなったのにずいぶんかかっております、沖繩もそのとおりでございますとは申しておりま せん。そういうような状態になってはならない、沖繩はもっと早く本土並みにしなければならない、かように思 ってわれわれは当然努力いたします、かように申上げておるのでございますから、これが、ただいまのように、 本土が二十数年かかったから沖繩も二十数年かかる、かように結論をなされることにはならないように、この点 が誤解があるようですから、誤解のないようにお願いしておきます。

○川崎(寛)委員 防衛庁長官、ちょっと待ってください。  その前に、総理。コナリー財務長官がやってきたら、縮小の話をするなとかなんとか言っておりますね。そう いう国民に耳ざわりのいいことばかり言ったってだめなんですよ。  では、今日の返還協定にあたって、規模の縮小と機能の縮少というものについて具体的な展望というものを相 談されたのかどうか、明確にしてください。

○福田国務大臣 これは基地全体につきまして十分検討し、そしてA、B、Cという区分けをいたしたわけです 。しかし、A、B、Cという区分け、これはさらに協定成立後におきましても、これが、特にA表につきまして わが国に返還されるという方向につきましては最善の努力を尽くしたい、そういうふうに考えております。

○川崎(寛)委員 具体的に……。

○福田国務大臣 ただいま申し上げましたとおり、具体的に話し合いをいたしましてA、B、Cという区分けが きめられたと、こういうふうに御理解願います。

○川崎(寛)委員 この問題については、私に続きまして大出君から具体的にまた基地の問題等については追及 いたしますから、私は譲りたいと思いますけれども、いまの総理や外務大臣の答弁は、国民や県民の納得する御 答弁じゃないのです。そのことを申し上げておきたいと思います。
 では、防衛庁長官、いま米軍がニクソン・ドクトリンに基づいてアジア太平洋からどのように削減しつつある か、現状を具体的に数字でお答えいただきたいと思います。

○西村(直)国務大臣 ニクソン・ドクトリンは、御存じのように、できるだけアジア地域において、大規模な 戦争の場合は別として、一応局地の紛争等に対してはなるだけ自助でいってもらいたい、セルフヘルプでいって もらいたい。それは、マンパワーとか、あるいはそれぞれの国の事情に応じてというような段階に入っているわ けであります。いま一つは、ベトナム自体は、すでに御存じのとおり相当な撤兵をしておりますし、韓国もやっ ているわけであります。台湾等については、私どもはあまり具体的に聞いておりません。
 数字を具体的にということは、必ずしも的確には答えられないかもしれませんが、防衛局長から、簡単に要点 だけさらに補足させます。

○久保政府委員 ニクソン・ドクトリンは、御承知のように、六九年の七月でありますが、ほぼそれ以降を申し 上げますと、南ベトナムにおきまして、六九年の九月ごろで最高五十四万人おりましたが、逐次第何次かの消滅 計画が行なわれまして、七〇年の末で三十六万、七一年の末でおそらく十八万になるであろうというふうに見込 まれております。それからタイ国が、やはり六九年の九月で約四万九千、五万人ぐらいでありますが、二回ばか りの撤退計画の結果、本年の中ごろで三万二千人になるであろう。フィリピンが、二万四千人ばかり七〇年でお りましたが、若干減りまして、ことし中ごろで一万八千人ばかり、韓国が、約六万人七〇年中ごろでおりました が、削減計画の結果、七一年の中ごろで四万三千人、沖繩が、七〇年末で五万三千人ばかりおりましたが、こと しの中ごろで四万八千人ばかり、それから日本が、七〇年九月で三万九千人でありましたが、ことしの中ごろで 二万七千人ばかり、そういうような撤退状況であります。

○川崎(寛)委員 総理、いまお聞きのとおりです。アジア、太平洋からずっといま引いているのですよ。  いまの久保局長の、沖繩については、一九六九年の六月三十日は四万五千ですが現在五万ということで、これ は数字の取り違いをやっているというふうに私は感じます。そのこと自体はあまりこまかく言いませんけれども 、しかし、ごらんのとおり、ベトナムは半分以下――十一月十五日、大統領がまた新しい撤兵計画を出すであり ましょうけれども、減っている。タイからも減っておる。フィリピンからも減っておる。日本の本土からも減っ ておる。その中で沖繩だけは、減るどころか、むしろふえる。横ばい。なぜそういう状況にあるかということが 問題なんです。
 総理、この点について、なぜ沖繩だけはそういう状況にあるかということについて、これはひとつ明確にお答 えいただきたいと思います。

○西村(直)国務大臣 まあ沖繩の戦略的な価値の論議でもあろうと思うのであります。そこで、沖繩の戦略的 な価値としましては、結局は、一つは補給、通信、訓練等もございましょう。それからもう一つは、アジアにお いて何かあった場合における一つの前進基地体制は、戦争抑止力として私どもはとっておる。こういう意味で、 一つのアジアにおける戦略的な意義はあろう、こう思います。しかし、それも、御存じのとおり、効率的にやら なければならぬ。こういう意味からいきますと、私は、効率化する過程においては、今後も十分基地の縮小はあ り得る、またやらなければいけない、こういうふうに考えております。

○川崎(寛)委員 答弁でありませんね。あり得るとか、しなければならないとか――あなたがやるのですか。

○西村(直)国務大臣 私がやるとか、そういう問題でありませんで、これは沖繩県民の立場から考えても、占 領下の基地の体制、それからその後において、アジア情勢に対処する米国施政権期間における基地の体制という ものはきわめて不効率になっている、こういうものは当然整理統合するということは、われわれ政府としても、 沖繩県民の立場に立っても、強力に今後も推進し得る、またしなければいかぬ、こういう考えです。

○川崎(寛)委員 そうしますと、これは要するに、先ほどニクソン・ドクトリンの説明もあったわけでありま すけれども、沖繩にニクソン・ドクトリンのすべてが集中されてきておる、ニクソン・ドクトリンを展開する拠 点になっておるということが、いまの沖繩の基地の現状というもので明確になったと思うのです。それは要する に、共同声明というものを受ける限りにおいては、この沖繩の基地の機能というものは変わらない。それは、今 回のアメリカの上院における公聴会その他を通じても明確になっておるわけです。だから、この政策が変わらな い限りということになってまいるわけでありますから、その点をひとつはっきり指摘をしておきたい、こういう ふうに思います。――何かありますか。

○西村(直)国務大臣 補足いたしておきます。  もちろん、沖繩の基地自体の地上におけるそういうような要素も残るでありましょうが、問題は、七艦隊の役 割りというものがございまして、海上における一つの戦争抑止力というものにもある程度力が移されていくとい う面もあるのじゃないかと私は思います。

○川崎(寛)委員 私はこの議論をずっとやろうと思っているのじゃないのです。つまり、沖繩の基地が、そう いうアジアの中でずっと米軍が撤退をしている中で、沖繩に集中してきておる。ということは、沖繩の基地の役 割りというものが従来以上に高まっているということが、ここで明確に証明されると思うのですね。――それを 否定しますか。では、どうして縮小できなかったのですか、もう一度お答え願いたい。

○佐藤内閣総理大臣 沖繩が祖国に復帰し、日米の安保条約並びにその取りきめは本土そのまま沖繩にも適用に なる、これをずいぶん口をすっぱくしていままで説明したとおりであります。私は、そこに変化があるのだ、た だ、現状そのものは、いままである基地というものは、そう簡単に右から左になくなる、そういうことはできな いから、その状態においていまのような基地の密度が高いのだ、だから、これを、これから本土復帰したのちに 、日本の施政権下に帰ってきたそのときに、われわれは日米安保条約のワク内に米軍をとどめる、これがわれわ れの基本的な方針であります。そういうたてまえで今後整理統合する、こういうことをお約束しておるのであり ます。(「それはできない方針なんだ」と呼ぶ者あり)それはできます。それは御心配なく。――不規則発言を あまり相手にしてお話しすることもございませんが、とにかくこれが私どもの一番のねらいであります。だから 、一日も早く沖繩を日本の施政権下に返す、そのことが何よりも大事だ、かように申し上げておるのでございま して、どうかその点は御了承願いたいと思います。

○川崎(寛)委員 アメリカの上院ではそういうふうに言ってないのですよ。無期限に持ちます、少し柔軟性は なくなるけれども機能は変わらないと。あなたは、安保条約、関連取りきめが適用されるから変わるんだと、口 をすっぱくして言っておられます。しかし、機能は変わらないとアメリカでは言っておるのですよ。特に韓国や 台湾の条項というものを高く評価をしております。これは後ほど具体的にお尋ねをしますけれども、変わらない とアメリカは言っている。その基地を使うアメリカのほうは、変わらぬと言うのに、総理のほうは、変わるんだ 、変わるんだと言ったって、実態は変わらぬじゃないですか。むしろ基地は強化されているのですよ。
 そこで、私は、変わらない沖繩の基地の機能というものが、ではどうしてこういうふうにつくり上げられてき たかという、つまり、今日沖繩県民がこの返還協定に反対をしている本質の問題に少し入りたいと思うのです。 それは、今日のようなあの巨大な極東一の軍事基地がどうしてできたか、そして、沖繩基地の機能というものが どのようにしてきたかということを少し詰めていきたいと思います。
 それは土地の取り上げの問題でありますが、ここに喜屋武参議院議員の東京地裁におきます違憲訴訟の証言が あります。違憲訴訟というのは、国を相手どって、沖繩県民が憲法から離されておることに対して訴訟を起こし てまいっております。きのうも公判があったわけでありますけれども、この中で、土地の取り上げの問題を、喜 屋武さん自身が自分のことに触れて言っております。それは、喜屋武さんは奇跡的にこの沖繩戦で生き残ったの でありますけれども、こう言っております。「昭和二十年六月二十三日終戦、沖繩県民が山から壕からおりてき たら、すでに山河もあらたまっており、基地は毎日拡充強化されていました。私の家もつぶされて基地になって いました」こういうのですね。「八月十五日以降」、これはつまり一九四五年の六月二十三日からで、八月十五 日無条件降伏したあと、「八月十五日以降も同じで、いまだに帰れないでおります。戦後今日まで、沖繩本島の こういう状況というもの、それはほとんどが強制収用の形で、了解もくそもないわけであります。戦争中も、戦 争が終わっても、自分のほしいところを基地として占領してしまって、その状態をいまも続けておるのでありま す」こういうふうに喜屋武さんは証言をしております。つまり、米軍にはこのように土地を取り上げて基地をつ くる権限があるのですか。総理にはおそらくその辺が理解できないと思うのでありますけれども、その点をひと つ明確にお答えいただきたいと思うのであります。

○佐藤内閣総理大臣 これは法律問題じゃない、戦争そのものの力の問題だと私は考えます。そういう意味で、 戦時中における焦土化した沖繩県民、またその後引き続いた占領状態、これをそのままにしておくことはほんと うにお気の毒だ、これは御苦労をかけた、こういうことを私は心から思うのでございます。こういう問題は、法 律的にいま議論していく、そういうような問題でなしに、実力の問題だ、かように私は理解します。

○川崎(寛)委員 実力の問題だということで米軍の行為を是認をしたかっこうになっておりますが、それは今 回の返還協定の本質に触れる問題なんです。
 では、昭和二十年の四月米軍が攻撃を開始、占領を始めましてから、八月十五日まで、これはどういう法体系 のもとにあるわけですか。――これは基地の問題だし、施設の問題だから、防衛庁長官。

○西村(直)国務大臣 これは、もうすでに上陸してから八月十五日の終戦までの間というものは、一切戦場に なっている状態であります。したがって、かりに国際法的に言えば、戦時国際法が適用になる、一切の国内法と いうものはそこで事実上戦時の状態で押えられてしまっているのではないか、こういうふうに私自体は考えてお ります。

○川崎(寛)委員 これは公用地の土地収用法の所管大臣になるあなたですよ。それを、そういういいかげんな ことでどうしますか。

○西村(直)国務大臣 それは確かにおっしゃるとおり、私どもはそういう解釈をしておりますが、事柄は法律 問題でありますから、さらに専門家の法制局長官から答弁させます。私としては、防衛庁長官としてはそういう ことで解釈をいたしております。

○井川政府委員 交戦法規が適用になっていたわけでございます。交戦法規でございます。

○川崎(寛)委員 そうしますと、六月二十三日から八月十五日、正確に言えば九月二日の降伏文書、ミズリー 艦上までになりますけれども、それは何になりますか。

○井川政府委員 六月二十三日は、たしか事実上いわゆる戦闘状態が終了した日だと記憶いたしております。い ずれにいたしましても、陸戦法規の適用が続いております。

○川崎(寛)委員 停戦、それから無条件降伏と、こうなるわけですが、停戦下においてヘーグの陸戦法規はど ういうことになっておりますか。陸戦法規では、明らかに私権の尊重、四十六条には、「私権の尊重」として「 家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ之ヲ尊重スヘシ。私有財産ハ之ヲ没収スルコ トヲ得ス。」その陸戦法規を無視して、総理は、実力で取ったんだからしかたがないと、こういうふうに言って おりますけれども、ヘーグの陸戦法規はそれを禁止しております。そういう状況の中で取られた基地ですよ。
そ うしてそのことは、返還協定の中に、米軍が最初に取得をした状態と、こういうことを返還協定で明確に今度は 受けるわけでありますから、そうなりますと、国際法に違反をした状態で取り上げた状態というものから始まっ ておる。沖繩県民にはそれがたまらぬのです。それが耐えられないのですよ。ヘーグの陸戦法規に違反をしてお るということについてお認めになりますか。

○井川政府委員 ちょっと私、御質問の趣旨がほんとうは実はよくわからなかったのでございますけれども、問 題は、二つ問題点があるのだと思います。

○井川政府委員 第一点は、いかなる法規が適用になりましたか。確かに陸戦法規の、しかもその占領の法規で ございます「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」の占領の部分が適用になると思います。  そして、ただいま後段におっしゃられましたのは、三条二項のお話ではなかろうかと思うわけでございますが 、この点はまた、私どもといたしましては、全然違う発想からつくった条文でございます。御存じのとおりに、 結局これが返ってくる。返ってくることになりまして、それが引き続き提供するというふうな場合に、地位協定 との関係をどうするか。返りますときの……(発言する者あり)それに従いまして、三条二項を「それらが合衆 国軍隊に提供された時の状態」というのを書いておるのでございまして、これは日米間における地位協定との関 係について書いたものでございます。

○川崎(寛)委員 これは全然本質を理解していないのですよ。つまり、総理は、力で取ったのだからしかたが ないんだと、こうきめておるのですね、まあそれは大ざっぱですけれども、あまりにも大ざっぱ過ぎるのですよ 。しかもあなたは、沖繩の返還なくして日本の戦後は終わらないという名文句を吐いたのですよ。その沖繩が、 なぜ先ほど私が取り上げたような極東の基地になったか、その極東の基地になった経過、それをいま私は具体的 に詰めたいのです。それがわからなければ、この返還協定に対する沖繩県民の気持ちというのは、あなたにはし ょせん理解できない、こう私は言わざるを得ないと思うのです。
喜屋武さんも言っておるように、山からおりて みたら、もう自分の家はなかった、それっきり今日まで自分の家に帰れないのだ、こう言っているのですよ。そ れが力だというのですか。だから、沖繩の問題は、一九四五年の、つまり占領が始まって、事実上の停戦になり ます六月二十二日までと、それから六月二十二日以降八月十五日までと、それからその八月十五日から一九五二 年の四月二十八日までと、それから一九五二年の四月二十八日以降平和条約第三条下にある今日までの沖繩、こ ういう区分けをして沖繩の問題を考えなければ、これは法理にかなわないのです。あなたは道理を言うけれども 、これは道理にかなっていないのです。ところが、いま、力で取ったのだと、こう言う。私はその指摘をしまし たけれども、ヘーグの陸戦法規の、その私権の尊重ということに違反をするではありませんかという、その点を ひとつ明確にしてもらいたいのです。

○佐藤内閣総理大臣 条約局長から、法律の問題ですから、説明させます。  

○井川政府委員 仰せのとおり、占領軍は陸戦法規に従ってその占領をいたさなければなりません。また、たし か布告第二十六号によりましてもその旨述べられていると思います。

○井川政府委員 いずれにいたしましても、川崎先生のこの三つの時期を分けるというお話は、仰せのとおりで ございます。そして現在、政府がここに提案いたしておりますのは、平和条約によりまして第三条地域になりま した沖繩を返還させる協定でございます。それ以前の問題は平和条約において解決されているところでございま す。

○川崎(寛)委員 全然答弁になってないのですよ。そう思うでしょう、総理も。答弁になってやないじゃない ですか。停戦になったあとの――戦争がないのですよ。いいですか、停戦状態の中で武力で土地を取り上げると いうことが、ヘーグの陸戦法規に違反しませんかと私はお尋ねしているのです。

○井川政府委員 武力で取り上げるということばの意味でございますが、占領軍の権力に基づきまして、陸戦法 規に基づきまして土地を収用するというようなことは、これは陸戦法規に違反することにはならない、こういう ことでございます。

○川崎(寛)委員 「之ヲ没収スルコトヲ得ス」ですよ。それから喜屋武さんが東京地裁でも証言しておる。自 分自身が被害者なのですからね、喜屋武さんは。喜屋武参議院議員は被害者なのですよ。没収されたまま今日ま で至っているのです、こう言っているのです。だから、「没収スルコトヲ得ス」、こうなっている陸戦法規に違 反しておりませんか。それを、いま条約局長は、占領軍の権限で取れるのだ。これは米軍はその解釈をとってい るのです。米軍はその解釈をとって取り上げてきたことを後ほど明確にいたしますけれども、しかし、私はあと 平和条約三条に入ろうとするのに、まだ条約三条に入る前でとまっているのですよ。これはひとつ明確な政府の 統一見解を出していただくようにお願いします。

○井川政府委員 川崎先生御存じのとおり、陸戦法規と申しますものは、交戦者の権力とその交戦者の支配下に ある人民の保護との二つの観点の調合から成り立っているわけでございます。したがいまして、私有財産は原則 として尊重しなければならない。しかしながら、また、略奪してはならない、没収してはならない。したがいま して、その私有財産を完全に没収する、剥奪するというふうなことは、所有権を恣意的に取り上げるというふう なことはいけないことでございます。それはいやしくも占領軍というものがいわゆる永久的状態というものを考 えているわけではございません。
しかしながら、占領に伴うところの、占領目的のための権力というものは、十 分に強く持っているわけでございます。したがいまして、私有財産を、占領目的のために、軍の目的のために収 用する、またそのときに金を払わねばならぬとかいうようないろいろの規定があるわけでございます。そのよう にして行なわれる占領軍の権力は、これは陸戦法規に違反しているということはできないと思います。

○川崎(寛)委員 これは、外務省の条約局長は、沖繩県民の立場に立っているのか、米軍の立場に立っている のか、私は判断に苦しみますよ。いまのが政府の統一見解ですか。つまり、取っていいのだというのが政府の統 一見解ですか。

○高辻政府委員 私、この事実関係を必ずしも詳細に承知しているわけではありませんが、事は法規の問題でご ざいますので、ただいま条約局長からお話がございましたのと変わるところはないと思いますが、要するに、ア メリカが占領いたしまして、その占領に基づいていろいろな権限がある、これを占領行政権と申しておりますが 、それの根拠は何かといえば、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約、これは間違いなくそうであります。また、陸戦ノ 法規慣例ニ関スル条約には、御指摘のように、「私有財産ハ之ヲ没収スルコトヲ得ス」という規定があることも 、そのとおりでありまして、アメリカ政府が私有財産を没収したということは、私はないと思っております。( 発言する者あり)
その後に、占領が終わった後にどうなるかといえば、むろん、この陸戦ノ法規慣例ニ関スル条 約によって律することはできなくなりますから、アメリカ、占領当局としては、その土地を使用する権原を他に 求めてこれを使用しなければならぬことになります。その権原を他に求めるための措置を、私の知る限りでは、 この占領が終止しまして平和条約発効後に至りましてから、いろいろな手を通じてその措置を講じております。 たとえば、琉球列島米国民政府布令九十一号、いまのは一九五二年であります。それから一九五三年には、琉球 列島米国民政府布令第百九号、それから一九五三年でありますが、布令第二十六号、最後には布令二十五号、二 十号、こういうように、その権限の取得には、アメリカの施政権者としてはむろん当然の法的措置を講じている と私は理解しております。

○川崎(寛)委員 いまの法制局長官の答弁は全然なっておらぬですよ。いま焦点はしぼってあるのですから、 そういう停戦の状態の中で没収することはできないということ。それからもう一つ、戦時における文民の保護に 関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約も、第四条で移送及び立ちのきの禁止、それから第五十三条 で破壊の禁止ということで、非戦闘員に対する保護をしておるわけです。ところが、それらのものに全部違反を しておるわけです。だから、違反だということをまず明確にしてください。それを明確にすれば私は次に移りま す。以前ですよ。
いまの法制局長官の答弁は、八月十五日以降の問題について触れたわけであります。五二年の 四月二十八日以降の問題は、これは平和条約の三条の問題として先般来本会議でもいろいろ問題になっておりま すから、条約三条のもとにおける土地の取り上げの問題をやりますからね。それをごっちゃにしてはいけません よ。だから、いまの状態は違法だ。「没収スルコトヲ得ス」――救済措置はとっておりません、それはあとにな って金を払っただけのことで。そういう請求権は放棄しているじゃないですか。だから、これは違法だというこ とをひとつまず明確にしてもらいたい

。 ○櫻内委員長 政府からしっかりした答弁をさせます。井川条約局長。

○井川政府委員 私有財産の没収ということでございますけれども、占領軍が占領軍の権力に基づきまして私有 財産を使用するということは、これは認められているところでございます。したがいまして、没収が占領軍の権 限に属する限りにおきましてこれは適法なものでございます。御存じのとおり、陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則は 、主として占領地の人民の保護の見地から書いてあるわけでございまして、占領軍の権限というものをその意味 において制限しているわけでございます。しかしながら、ただいまの川崎先生の御発言でございますけれども、 その所有権を完全に恣意的に奪ったということではなくて、占領軍の目的のために使用したということでござい ますならば、それは完全に合法である。私はこの陸戦ノ法規慣例二関スル条約の解釈の見地から申し上げている わけでございます。

○川崎(寛)委員 だめなんですよ。家屋は破壊されているんですよ。なくなっているのですよ。それは何です ね、ほんとうに。だから、条約局長が県民の立場に立たないで条約を解釈する、このことが私には耐えられない ですね。家屋の破壊、この点どうなりますか。

○井川政府委員 家屋の破壊ということでございますけれども、私、具体的事例を存じ上げませんので、そうい うことを申し上げるのはいかがかとは思いますけれども、その八月十五日以後における家屋の破壊につきまして は、やはり陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則に従いまして正当なる代価を払わなければならないと思います。

○川崎(寛)委員 これは実態はわからぬで条文づらをただ解釈しているだけなんですよ。そこには百万県民の 痛みというのがわからぬわけです。この問題は後にずっと展開をしてまいりますけれども、要するに、いまの政 府側の答弁というのは、没収された、破壊をされたそういうものに対して、米軍側の立場に立ってこれを保護し ておるということを私はたいへん残念に思うわけです。だから、財産の没収、つまり、補償されておらないとい うことを喜屋武さんも言っておるのですよ。収用されたままです。明確にしてもらいます。

○井川政府委員 第一の、現実に戦闘が行なわれました時期、第二に、いま川崎先生の御発言は、現実に戦争が 行なわれてない時期から、あるいは八月十五日から第三条地域に移転されるまで、それから第三条地域、こうい うわけでございますね。そのまん中の部分は、先ほど来、先生も御指摘のとおり、私が申し上げておりますとお り、陸戦法規の占領に関する規定が適用になるわけでございます。したがいまして、占領法規を守ってアメリカ 軍はやらなければならないと思います。そこで私有財産の略奪、没収は禁止されておるわけでございます。しか しながら、占領軍の権力といたしまして、占領目的のために、没収であるとか略奪であるとか恣意的なものでは なくて、正当なる代価を払うということによってそれは占領軍の権力に入っておるわけでございます。

○川崎(寛)委員 占領軍の権力ということで合法化されたわけでありますけれども、つまり、一九四五年の占 領が始まって停戦になるまで、六月二十二日、それまでは、いまのヘーグの陸戦法規が実質的にも形式的にも全 面に及ぶ、こういうことになるでありましょう。しかし、六月二十三日以降八月十五日までは、これはもう戦争 状態はないのですから、その中でやられておるわけです。これはまさに違反であるということ。そしてその八月 十五日以降五二年の四月二十八日の講和条約発効までも、実際に戦争が行なわれておると同じような状態で没収 されてきておるわけであります。だから、これは明らかに八月十五日以降においても違反行為は続けられてきて おる。このことをひとつ明確に認めていただきたいと思うのです。

○井川政府委員 陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則の第三款、第四十二条以降でございますが、「敵国ノ領土ニ於ケ ル軍ノ権力」「一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタルトキハ、占領セラレタルモノトス」、そこの「占領 セラレタルモノトス」というところにおきまして大きな意味があるわけでございまして、ここに占領軍の権力と いうものが確立するわけでございます。そして占領軍の権力は、それ以降に掲げられておる条項に従って行使さ れなければならないということでございます。そこで、占領行政上家屋を収用しあるいは土地を収用するという ことは認められているところでございます。

○川崎(寛)委員 これは全く答弁になってないのですね。私は、ここのところにかかっておりますと、あとの まだたくさんの問題に触れることができなくなるのです。  総理、どうですか。いまいろいろ聞いておられたでしょう。あなたは、力で取ったんだからしかたない、こう 最初にぽんと言われましたけれども、やはりそのとおりだと思いますか。

○佐藤内閣総理大臣 戦争中の行為、これは力だ、このことはお認めだろうと思います。私はその状態を言って いるので、ただいま言われるように、なるほど、法律はずいぶんこまかく規定しているものだなあと、かように 、私は専門家の説明を聞きながらただいままで感じたわけでございます。だから、講和条約締結後においてさら にそういうものについての状態は、これは救済が法は別に考えなければならない、かように思っておりますので 、それは請求権という形においていろいろ処理される問題だろうと思います。 ○川崎(寛)委員 家を焼いた、土地を取り上げた、それはヘーグの陸戦法規に違反をする、そのことはお認め になりますね。

○佐藤内閣総理大臣 直接の戦闘行為以外のこと、これは陸戦法規に違反する、ただいま説明したとおりであり ます。

○川崎(寛)委員 そのとおりに受け取りましょう。  そうしますと、いま請求権の問題に触れられたけれども、これは後ほど私の同僚が詰めますが、そういうこと を全部放棄しているのですよ。だから県民はこの返還協定に反対をしているわけです。そのあとの条約三条以下 の問題もずっと詰めますが、結論を言いますならば、そういう違法行為によって取り上げた不法な状態の土地、 それの上につくり上げられた軍事基地、それをそのまま今度は返還協定で受けとめましょうというのだから、県 民は反対するわけなんです。当然じゃないですか。法律というのはそんなにやかましく規定しているのかなあと 言う。ずいぶんしあわせな総理大臣だとぼくは思います。
なぜそんなに主席までがこれに対して不満を言ってお るか、それではその真意がわからぬわけです。異常な状態に二十数年間置かれてきておった者の状態というもの を考えるためには、条約三条や、あるいはそれ以前の陸戦法規の問題や、そういうものは十分に踏まえてあなた はニクソン大統領と交渉しなければならぬのです。ところが、そういうかまえがないから、中身がだめになるの です。そのことをまず指摘をしておきたい、こういうふうに思います。  そこで、五二年の四月二十八日以降――五二年の四月二十八日というのは、平和条約の発効であります。平和 条約の発効ということは、総理、どういうことですか。これは、沖繩県民を含む日本国民全体が受けたのが平和 条約であります。平和条約の発効ということは、国民にとってどういうことになる状態をいうのでありますか。 その基本を総理からひとつ明確に答弁をしていただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 間違いのないように、法制局長官からお答えいたします。

○高辻政府委員 お答え申し上げます。  平和条約が締結されて発効した意味に関する御質問でございます。これは平和条約をごらんになればわかりま すように、まず第一に、戦争状態が終了した、それからまた、わが国は主権を回復した、これが柱でございまし て、そのほかにいろいろこまかいことがあることは、あえて申し上げるまでもない。それが基本でございます。 したがって、ついでながら、いままでの御質疑の中にもありましたが、戦争状態の終了したのはまさに講和条約 の締結、発効でありますので、その前の時点は、沖繩における米国の行政権は何に基づいているかと言えば、先 ほどの陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約の支配するところであった。したがって、その前の時期を二つに分けておら れましたが、同じようにその条約の適用下にあったということを申し上げておきます。

○川崎(寛)委員 平和条約の発効ということは、戦争の終結、主権の回復、そうでありますね。そうすると、 平和が戻らなければいかぬわけです。しかし、沖繩県民にはどうなりましたか、佐藤総理。

○高辻政府委員 平和条約第三条によりまして、いわゆる立法、司法、行政の三権をアメリカ合衆国が行使をす る、いわゆる施政権の行使の根拠ができて、沖繩は以来その施政権のもとにあったわけであり、また、現にその 施政権のもとにあるわけであります。

○川崎(寛)委員 そうしますと、そのことは沖繩に平和がよみがえった、平常な状態になったということとは 違うわけですね。――この点はひとつ総理から……。

○佐藤内閣総理大臣 本土とは違っておること、これはただいま法制局長官がお答えしたとおりであります。

○川崎(寛)委員 日本国憲法のどこに、百万県民をそういう差別をしていいと――法のもとに平等、こういう ことになっておりますが、国会で多数できめたから、こういうふうに法制局長官は答弁になるでしょう。しかし 、国会できめたこと自体も、これはあの当時は受ける以外になかったのだ、こういうことかもしれませんが、し かし、百万県民が憲法の上から平和条約三条で離されたということについて、憲法はそれを了承する規定はどこ にもありません。禁止する規定がないからいいのだ、こういうふうに政府側は答弁すると思いますけれども、そ のことは、人権を国家権力や憲法で差別をすることはできないのです。ところが、いま総理も言われましたよう に、沖繩の百万県民は、この条約三条のもとで、平和でもないし、人権も否定をされてきたわけです。そのこと については、総理、お認めになりますか。

○高辻政府委員 沖繩が施政権のもとに置かれることになった、平和条約第三条でそうなったことは、つとに御 存じのとおりでありますが、それがわが日本国憲法に違反するのではないか、そういうことを許している規定も ない、政府は逆に、そういうことを禁止している規定がないからいいだろうと言うのではないかというお尋ねで ございましたが、そういうような考え方でこれができたものであるとは私どもとうてい思えません。まず何より も、その前には、あれだけの大戦争がありまして、日本が敗戦のうき目を見た、その結果占領をされた、そうし てともかくも、いろいろな評価がございますが、憲法というものができ上がった、その憲法も、実は平和条約が 締結されるまでは――平和条約によって主権が回復されたということは、先ほど質問者御自身がお認めになって おりますが、実は憲法はそのときにほんとうの実効力を得たわけであります。憲法ができましたのはその前であ りますけれども、実は憲法がほんとうにその息を吹いたのは、平和条約締結の際であります。その平和条約と憲 法との関係を論ずることは、私はちょっとどうかと思っております。
要するに、沖繩が平和条約第三条のもとで 米国の施政権のもとに立つことになった、それと、そういう条約を締結した際に日本国憲法はまさにその実効力 を発揮した、そういう関係にあるわけでございますので、その余をあまり御説明申し上げる必要もないと思いま すが、そういう関係でできております両者の関係を、憲法に違反するとか違反しないとかいうようなことを論ず るのは、私は、あまり適当なことではないのではないか、こういうふうに考えます。  なお御質疑があれば、その辺また必要があれば御説明申し上げます。

○川崎(寛)委員 憲法が独立以後においても百万県民を差別してきておるというその実態を私はいまあなたと ここで論争しておりますと、もう時間が非常にあれですから、やりませんけれども、具体的にひとつ詰めていき たいと思います。それは、条約三条そのものをこれからひとつとって解いてまいりたい、こういうふうに思いま す。
 つまり、ヘーグの陸戦法規でかってな解釈をしながら没収をしてきた。それが都合が悪くなってきたので、五 二年の四月二十八日以降、布令の九十一号で、五二年の十一月一日、一つやります。しかし、これでは実効があ がらないので、五三年の四月三日に布令百九号、土地収用令を出してまいります。ところが、この四月三日の土 地収用令を出すやいなや、布令を出すやいなや、今度は契約ということを表には出しておりますけれども、しか し、強制収用、即時占有、そういう定めをいたしております。それに基づいて、五十三年の四月十日、強制収用 の第一号をやるわけです。
 私は、沖繩のすぐれたジャーナリストであり、また良心家であります、琉球新報の池宮城社長の「沖繩のアメ リカ人」というものここをに持ってきております。私から言うよりも、そうしたなまなましい具体的なことを申 し上げてみたいと思うのです。
 「一九五三年四月十一日の朝、那覇市と真和志村の境にある上之屋に、米軍が数台のブルドーザーを乗り入れ た。」そしてこれが「剣付銃やピストルを腰にしたMPと兵隊を出動させて住民を威圧し、工事を容赦なくすす めた。戦争が終って八年ほどたっていたが、上之屋の住民たちは再びアメリカの剣戟の音におびえることになっ た。」こういうふうに、条約発効後、本土が主権を回復したという中でこういうことが行なわれておるわけであ ります。平和条約第三条はこの行為を許しておるのでありますか、どうでありますか。これは公用地の使用法案 に関係するわけですから、防衛庁長官にひとつ……。

○高辻政府委員 発言のお許しがありましたので申し上げますが、要するに、平和条約第三条によって、立法、 司法、行政上の三権をアメリカが持つことになりました。その場合に、日本に対する関係では、平和条約三条の ワク内のことであるかどうかということが問題になるのと、それからアメリカの関係法規の関係が問題になると 思いますが、いまのお尋ねは平和条約第三条のことでありますが、平和条約第三条は、まさに、ごらんになれば わかりますように、立法、司法、行政の三権をアメリカが行使することを認めております。そうしていま御指摘 のようないろいろな立法措置を講じたことは、われわれの目から見ますと、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約のお世 話になって使用権を取得するというようなことができなくなりましたので、アメリカは、先ほども申し上げまし たが、新しい権原を取得する必要がある。その新しい権原を取得するためのアメリカの施政権の範囲内の権限行 使であろうというふうに考えます。

○川崎(寛)委員 平和条約の第三条は、私がくどくど申し上げるまでもなく、信託統治制度に置くということ を前段で前面に置いているわけです。後段で、国際連合に提案をし可決されるまでの間立法、司法、行政一切の 権限を行使することを認める、こういうふうになっておるわけであります。そうしますと、五十二年の十一月に こうした布令を出す、さらに翌年、五十三年にはまた布令で新たに今度強制収用、即時占有、そういういやおう なしの、銃剣づきで土地を取り上げることのできる権限をとった。それが施政権ですか。そうすると、施政権と いうのは、あの平和条約第三条で前段でうたっておる、前面に出しておるそういう信託統治制度の目的にも反す るような、そういう基本目的にも反するような形で、まさに軍事占領と変わらない銃剣づきで土地を取り上げる という権限をも平和条約第三条は許していたというふうにあなたは解釈をされるわけですか。
 総理、どうですか。現に私がここで申し上げておりますように、立法、司法、行政一切の権限を行使できるの だから、何でもできるのだ、こういうふうに受け取っておられるようでありますけれども、そういうことは許さ れないのです。銃剣づきで、ブルドーザーで家をこわし、土地を取り上げる、それが平和条約第三条に与えられ た権限でありますか。それはまさに国際法違反だ、私はこういうふうに思います。その点をひとつ、総理、明確 にしてください。

○井川政府委員 平和条約第三条は、完全に無制限なる権利をアメリカに与えたものではございません。先ほど 来申し上げておりますように、占領自体につきましても、占領軍の権力というものは強大なものではございます るが、陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則によりましてその占領軍の権力に制限があるごとは、申し上げましたとおり でございます。しかも、この場合、占領軍の権力はなぜ非常に強大であるかということを申し上げますと、やは り占領という戦時状態であるということから出発いたしているわけでございます。
 ちょっと前に戻らしていただいてよろしゅうございますか。――そういたしますと、そのように戦争中に起こ ったもろもろの事件、請求権あるいは不法行為、そういうものを全部解決するのが、サンフランシスコ平和条約 のみならず、あらゆる平和条約のたてまえでございます。したがいまして、四月二十八日までのそういう種類の ものは平和条約によって解決されている、これはよその国のあらゆる平和条約と同様でございます。そしてこの 平和条約第三条に基づきまして与えましたところの施政権は、形式的に立法、司法、行政の全部を含んでおるわ けでございまするが、すでに占領軍の権力について陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則におきまして制限があるのでご ざいますから、その上に、交戦状態というものが終了しているわけでございますから、その制限はもっと強いも のである、こう私は理解いたしております。

○川崎(寛)委員 制限はもっと強い。そうなると、条約三条のもとでは、そういうふうな銃剣づきで没収など ということはできぬ。違法じゃないですか。そういう違法の状態の中で沖繩の今日の極東一の基地というものは つくられてきたのですよ。そうして核を持ち込むことも自由、B52を飛ばすことも自由、毒ガスの持ち込みも 自由、そういう自由が平和条約第三条にあるのだ、だから、いまこの国会が始まって以来、総理が、核の問題に ついても、いまあることが問題でない、こう言われるでしょう。返ってくるときにあるかないかが問題だ、その 考え方の中に、平和条約第三条は何でもできるのだという考え方をあなたは持っておられる。だから、そういう 土地の取り上げというのが違法だ、そういうことをひとつ総理も明確にお認めいただきたい、こういうふうに思 います。

井川条約局長。 ○井川政府委員 私が申し上げましたのは、先ほど、施政権者としての権限に制限があると申しましたのは、従 来の川崎先生の御質問が特に私有財産の尊重に関連してのことでございますので、その意味で申し上げた次第で ございます。
 核の問題は、御存じのとおり、核を持ち込む持ち込まないという問題は、これは安保条約の問題でございまし て、安保条約は現在のところ沖繩には適用されておりませんので、これはまた全然別問題でございます。

○川崎(寛)委員 総理、あなたは、八年間沖繩返還のためにがんばってきたのだ、こう言うのですよ。しかし 、やってきたのだと言うのだけれども、その解決が、しかも選択が、私たちからすると、たいへん間違っておる 。そして県民の多くもあなたのその選択に反対をしておるわけなんです。その根幹にあるのは平和条約第三条な んです。その第三条についてあなた自身が明確な考えを持たずにアメリカ側と交渉してこられた、そこに誤りが あるのですよ。そこに冷戦構造の落とし子である沖繩の基地――後ほどその問題については入ってまいりますけ れども、その冷戦の一番の落とし子が、日本の国内においては沖繩ですよ。そうでしょう。
その沖繩について、 あなたが、冷戦の中の一番――あのサンフランシスコ平和条約の体制の中での一番問題になります平和条約第三 条、それと日米安全保障条約との結びつき、そういうものについて、あなたが平和条約第三条というものを何で もできる権限だというふうにお考えになって交渉してきておるから、県民の痛みというものはわからぬわけです よ。だから、私有財産が武力で、銃剣づきで、ブルドーザーでこわされたり取り上げられたり――それはあとで 補償されたらいいんだという問題じゃないんですよ。しかもそれが補償されていないのでありますから、そうい う行為までも平和条約第三条は許しておるとあなたはお考えになりますか。総理にお尋ねをしたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 平和条約第三条はさようなことまでを是認してはおりません。

○川崎(寛)委員 是認をしておらないということになりますと、まさにそういうことが、この沖繩の土地取り 上げについては、一九四五年の占領以来ずっと今日まで続いてきておるのです。そして一方では、いまでもわが 同胞が米兵にひき殺されておる。しかし、とうとう返ってくるまで人権の保障ということについては手を触れる ことができなかったのです。平和条約の第三条というのは、そういう人権を無視してもいいと――裁判権移送問 題その他ずっとありましたね。その平和条約第三条の権限というものを、人権を無視してもいいと、そこまで、 あなたは条約三条ではしかたないというふうにお考えになりますか。

○佐藤内閣総理大臣 平和条約第三条のもとで沖繩同胞が非常な苦しい思いをされておること、これは私は心情 的に御同情申し上げております。しかし、私ども施政権を持たないものですから、これを救済する方法がない、 そこに、私どもが一日も早く返還を実現したい、祖国復帰を実現したい、そうして、われわれがただいま言われ るようないろいろの不法、不当な行為の取り返しをしよう、これが私どもの考え方でございます。

○川崎(寛)委員 不法、不当な行為だというふうにお認めになりました。そうしましたならば、条約の第三条 のもとにおける今日までのアメリカの不法、不当な行為というものをお認めになったわけであります。それは平 和条約第三条というものがいかに国際法に違反をしておるかということもお認めになったと、私はこういうふう に思います。

○佐藤内閣総理大臣 平和条約第三条、これはまた社会党の持論ですが、私ども、この第三条が取りきめられて おることをそんなに不都合だとは思っておりません。

○川崎(寛)委員 この条約三条が合法だと、こう言う。しかも、信託統治制度を前面に出しておりながら、実 際のねらいは、いま五二年の土地の取り上げ、五三年の土地の取り上げの布令、そういうものを見てみても、ね らいはどこにあったかということは明らかなんです。そうしますと、この平和条約第三条が法の虚構であるとい うことは、まさに明白であります。といたしますならば、不法、不当な、そしてこの絶対的な権限を取り上げる ための国際的なペテンである平和条約第三条というものについては、これはもともと不法なんですね。しかし、 よしんばそれが一歩後退をするといたしましても……

○川崎(寛)委員 一歩後退をするとしても、日本が国際連合に加盟をしたそういうときにおいては、国連憲章 の七十八条からいたしましても、この平和条約第三条というのは当然廃棄されなければならない。それを、つま りアメリカが提案し可決されるまでの問いつまでも持てるんだという考え方で平和条約第三条のもとに沖繩を置 いてきた、その考え方というのは、これは私は認められない行為だと思います。でありますから、平和条約三条 が本来不法であるし、日本が国連に加盟をした時点においては当然廃棄されなければならない、しかも一九六二 年のケネディの沖繩に対する新政策で、信託統治制度にしないということを明確にいたしたあとにおいては、こ の平和条約第三条が廃棄される交渉、そのことが当然日本政府側からもなされなければならなかったのでありま すけれども、それがなされずにきた、アメリカの沖繩への絶対権限を持っての統治を日本政府側は許してきた、 こういうふうに指摘をせざるを得ないと思います。でありますから、平和条約第三条がもう不法であり、無効で ある、そのことについて私は指摘をいたしたい。総理は、このことを、いま不法、不当だと言われたそういう平 和条約三条というものの本質をどうお考えになるか、明確にしていただきたいと思います。

○高辻政府委員 平和条約第三条が、国連憲章等との関係でこれは無効なものではないかという御主張があるこ とは、私どもも前々から十分に承知をいたしております。しかし、同時に、それが、われわれの――といいます か、政府としてはそういう見解をとらないということも、しばしば申し上げております。そこで、いままでの御 説に立って、これは当然不法――無効とおっしゃっておるのかどうかわかりませんが、これは当然破棄せられる べきであろう、こうおっしゃるわけでありますが、それはむろん一つの説として御主張になるのは御自由であり ますけれども、政府としてはそういう説をとらないし、また、わが国は、先ほども触れましたように、敗戦の結 果――まあ敗戦が憲法違反かどうかということまで言えば別でございますが……

○高辻政府委員 敗戦の結果ああいう関係に立たざるを得なくなった日本国と連合諸国との間に条約が締結をさ れてきた、その締結をされてきた条約を、わが国として、これを無効とし、当然にこれを、何と言いますか、そ の存在を認めないというようなことになるわけにいかないことも、これは十分にお察しがつくだろうと思います 。こういう説も少なくもあり得るということは、少なくもおわかりいただけるのではないかと思います。  で、私どもといたしましては、平和条約三条が、御指摘のように、信託統治に付されるまでの間ということが ありますように、あるいはわれわれの手から離れることになるのではないかというような危惧さえ持っていたわ けでございますが、それがわが方にこの際戻ってくるということは、それなりに大きな意義があることではない か。
 それからまた、先ほど総理大臣は、不法なものであるというような御説がありましたが、あるいは、不当であ るというような御説がございましたが、それは、私はそばで聞いておりまして、その三条の問題ではなしに、沖 繩におけるいろいろなこの施政権の行使としての施策、それについてのお話であったように伺っております。( 発言する者多し)それにいたしましても、わが国は、沖繩においてアメリカが施政権を持っている以上は、われ われはそれについてたいへんな危惧の念を持ちはいたしますものの、それについて法的にこれを強制する手段を 持ちません。施政権がわが国に戻ってくれば、これは日本がその責任において統治をすることになるわけでござ いますから、これまた本質的にたいへんな相違である。この点を加えておきたいと思います。

○川崎(寛)委員 敗戦が憲法違反といえばという、いつそんなことを言いましたか。そういういいかげんな答 弁をしてはいけません。総理……。

  ○高辻政府委員 私は、質問者が敗戦が憲法違反だと言ったと申し上げているわけではむろんなくて、先ほどの 速記録を見ればわかると思いますが、ということになれば話は別ですがということを、私の思考の過程として申 し上げただけであります。しかしながら、誤解を招くようでありますならば、この点は、お許しを得て取り消さ せていただきます。

○川崎(寛)委員 私はなお、具体的な土地取り上げの実情というものと条約三条、布令、布告の関係、そうい うものを詰めてまいりたいと思いますけれども、結論として、先ほど総理も、条約三条下における米軍の権力の 行使というもの、人権問題も含めて、土地の取り上げや人権問題、そういうものに不法、不当なものがあるとい うことをお認めになったわけであります。そうなりますと、つまり、今回のアメリカの上院の証言等でもありま すように、ウエスト・モーランド陸軍総参謀長が言ったり、あるいは国防次官等が言っておりますように、あの 朝鮮戦争の際に、アメリカが基地の投資をした、そのことが六〇年代役立つことがわかったし、これからもまた 沖繩の基地を持ち続けなければならないのだ、こういうふうに言っておるわけです。そうしますと、平和条約の 第三条というのが、どんな理屈をこねてみても、沖繩県民の人権や生命、財産を守ったり、生活向上ということ よりも、戦争目的であった、そういうことは明確になります。
そして、そういう中で軍事行動の自由と土地取り 上げの自由、そういうものが積み重なって今日の沖繩基地が形成をされてきたということになります。(「だか ら返せというのだ」と呼ぶ者あり)だから返せという前に、その問題は、一九四五年の占領以来、講和条約発効 前の問題についても、陸戦法規との関係で詰めました。五二年の平和条約第三条のもとにおけるその基地の取り 上げの問題についても、不法、不当だと言われました。そういう不法、不当な状態で取り上げられてきた今日の 沖繩の基地というものを、請求権を放棄して、そして今度の返還協定で平和条約第三条が有効だとし、これを安 保条約の地位適用下にしていこうと、こういうのです。そうしますと、本来、原状回復の原則というのが国際法 上あります。でありますから、沖繩においては、先ほど来こまかな議論がありましたように、あの五二年の四月 二十八日平和条約発効の際に、沖繩は一ぺんこれをきちんとしなければならぬわけです。そのことなしにずっと 今日まで参りました。そして今日また、原状回復という問題には全く触れずに、土地収用法等で強制収用をやろ うとする。
これは布令の二十六号とまさにその本質を同じくするわけでありますが、平和条約第三条、そのもの とにある布令、布告で取り上げてきた基地、軍用地を、今度は返還協定でこれを認め、そしてさらに国内法でそ の布令や布告の法内容と同じ本質をもってこれから継続をしよう、そのことは、私は絶対に許されない。であり ますから、佐藤総理に、原状回復の原則という問題に基づいてこれをもとに戻すこと、それから特にいま不法、 不当という点について触れられましたけれども、そういう私有財産、基本人権、そういう問題についてこれをそ のまま引き継いでいく、不法な状態というものを継いでいくということは、極端に言わしてもらいますならば、 基本的人権をやみからやみに葬り去ることになるわけでありまして、私は、総理がお認めになった条約三条下に おける沖繩の基地の形成という過程からして、このことはたいへん許されないことである、そのことについて明 快なお答えをいただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 平和条約第三条についてのかねてからの社会党の皆さん方の御意見は伺っております。と もすると、この三条から、国連信託統治、そういう点をちらほらされます。私は、沖繩が信託統治にならなかっ たことが、早く返れたゆえんじゃないかと思っております。いまだにその点ではゆるぎない私の信念でございま す。私は、ただいまのような御議論が、いま信託統治の問題は別として、もう社会党もそれは考えておらぬとお っしゃるならば、はっきり、この際、もうそんなことは考えておらない――しからば、アメリカが持っておる施 政権、一体いつまで持っている、この終期は規定してありますか。終期規定なしに平和条約第三条を締結したの でございます。私はそのもとにおいてはっきりしている。
信託統治になるまでは、アメリカが立法、司法、行政 の全部または一部を行使する、はっきり書いてある。しかし、それが布令に従っただけで全部が是認されるもの でもないと思う。ときには、その布令自身も、私はたいへん不愉快に思うような布令すらある。さような意味か ら、先ほど来、不当あるいは不法ということばを使ったのであります。私は、終期のない沖繩の占領状態、これ に早く終止符を打つことが、県民、同時にわれわれ同胞の念願ではないか、かように思うのでございます。私は 、それらの点についても、先ほど来いろいろの御議論がございましたが、第三条の問題でなしに、そういう大局 的見地に立ってぜひともこの問題を御審議をお進めいただきたいと思います。

○川崎(寛)委員 もともと信託統治制度にできないのです。できないことを前提にして、無期限に施政権の権 限ありとする政府に問題があるわけです。だから、この点については、沖繩の県民の権利というものが無視をさ れてきた、そういう経過というものについてはお認めのとおりであります。この点については明確にしておきた いと思います。  それからなお次に、私は、この沖繩の基地を無期限に持つ、しかも沖繩の基地がある限りにおいては極東の平 和と安全が守れるんだ、そういうことで、沖繩基地の機能というものについてはアメリカの議会でもいろいろと あります。特にその中で韓国、台湾について、あの共同声明で、総理が、韓国や台湾の安全は日本の安全と一体 であるということを約束をした。つまり、アメリカ側は何にも言っておりません。あなたが積極的に発言をし、 約束をしたわけでありますから、このことが、これからの沖繩基地を含みます日米安保条約全体の基本的な問題 になってまいります。
 そこで、私は次に朝鮮の問題に移りたいと思います。  まず第一に、佐藤政府は、日本外交の基本として、国連第一主義、それからアジアの一員としての外交、これ を従来主張してまいりました。その点に間違いございませんですか。

○佐藤内閣総理大臣 そのとおりを申してきました。

○川崎(寛)委員 それでは次に、福田外務大臣は、十一月四日の参議院の予算委員会で、中国の侵略者決議は 死文化したと思うと、こういうふうに答弁をしております。中国の侵略者決議は、つまり、一九五一年二月一日 の中国侵略者決議は死文化した、そういうふうに明確に受け取ってよろしいですか。

○福田国務大臣 実際上死文化したように見るべきものである、こういうふうにお答えしておりますが、そのと おりであります。

○川崎(寛)委員 そういたしますと、その死文化ということは、決議の内容が解消し消滅する、そういうこと になるわけでありますけれども、そういうふうに政策を佐藤内閣がとったのは、二重代表制で、国連への中国の 復帰、安保常任理事会への議席、それを逆重要事項指定方式と一緒におきめになったそのときでありますか、そ れとも、アルバニア決議案が国連総会で採択をされた時点をそういうふうにお持ちになりますか、その点を明ら かにしていただきたいと思います。

○福田国務大臣 いま二つの時期を申されておりますが、その二つの時期のいずれかというようなはっきりした 認識じゃないのです。つまり、中華人民共和国が国連に加入する。国連というのはどういう場所であるかといえ ば、平和愛好国家の集団です。そういうことでありますから、歴史上、ああいう問責決議案というようなものが ありましたが、しかしながら、今日になってみると、それはもう過去のものである、死滅したも同然である、こ う理解すべきものである、こういうことを申し上げておるわけです。

○川崎(寛)委員 よっぽどこの間の不信任案がこたえていると見えて、問責決議案というように言っておりま すけれども……。
 この一九五一年二月一日の中国侵略者決議が消滅をしたということになりますと、それでは、次に具体的な問 題をお尋ねしたいと思いますが、日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定、これは御承知のとおりで ありますが、この一九五一年二月一日の総会決議に従う云々と、こういうふうになっております。この国連軍の 地位協定の基本が、それでは侵略者決議が消滅をするのであれば、その前提がこわれた、くずれた、そういうふ うに理解をしてよろしいですね。当然のことですね。

○福田国務大臣 私が申し上げておるのは、あの侵略者非難決議が消滅したというふうに言っておるのではない のです。それはもう歴史的事実として存在するのです。しかし、今日になってみますると、これはもう今日の時 点の政治論としては意味のないことである、これは事実上消滅した、こういうふうに考えておる、こういうこと を申し上げておるわけであります。

○川崎(寛)委員 じゃ、消滅をしたのであれば、それを基礎にしておる国連軍の地位協定は基礎がくずれたこ とになるじゃないですか。日台条約も同じですよ。(「日華、日華」と呼ぶ者あり)日台条約も同じですよ。だ から、国連軍の地位協定――よろしいですか、外務大臣、国連軍の地位協定並びに吉田・アチソン交換公文、こ の基礎はくずれたと、こういうふうに当然考えなければなりません。この点をひとつ明確にしていただきたいと 思います。

○福田国務大臣 私もその法的関係についてはつまびらかにしませんので、条約局長からお答えいたさせます。

○井川政府委員 御存じのとおり、国際連合の軍隊の地位に関する協定第二十四条におきまして、「すべての国 際連合の軍隊は、すべての国際連合の軍隊が朝鮮から撤退していなければならない日の後九十日以内に日本国か ら撤退しなければならない。」というふうな規定があるわけでございます。そして、現在、国連においてどうい うふうになっておりますかと申しますと、一九六六年以来毎年採択されておりまする総会決議に基づきまして、 この朝鮮における国連軍は、この地域の平和と安全を確保することを唯一の目的として駐屯し続けているわけで ございます。さらに、毎回、国連は、毎年総会におきまして、派兵国は、韓国政府から引き揚げの要請があった とき、または、総会が定めた恒久的解決の条件が満たされたときは、いつでも朝鮮からその残存勢力を引き揚げ る用意があることに留意する趣旨を含む決議を採択しているわけでございます。
 もう一度申し上げまするけれども、要するに、国連としていまだに国連軍を韓国に維持しておる、そしてその ことから、ただいま申し上げました国連軍協定に従いましてわが国に国連軍協定は生きている、こういうことに なるわけでございます。

○川崎(寛)委員 それは答弁じゃないのです。一九五一年二月一日の決議が消滅した、死文化した、そうなれ ば、それを基礎にしておる国連軍の地位協定は基礎がくずれたことになるじゃないですか。くどくどと逆のこと を言っておる。そうじゃないのです。基本がくずれてきたのです。基本がくずれた中でこれをどうするのですか 。吉田・アチソン交換公文並びにこの国連軍の地位協定、それらの基礎がくずれたということは明確じゃないで すか。

○井川政府委員 国連軍協定の前文に、確かに、お説のように、一九五一年二月一日の総会決議というものが引 いてございます。しかし、国連軍の根本的な基礎は、その前に引いておりまするところの一九五〇年六月二十五 日、六月二十七日及び七月七日の安全保障理事会決議であることは、これは国連において確立されておる解釈で ございます。したがいまして、このうちの一つの決議がどうであるかということによって基礎がくずれたもので はないと考えるわけでございまするし、いずれにいたしましても、国連はいまだに、総会におきまするように、 国連軍というものを韓国に維持しているわけでございます。

○川崎(寛)委員 それはきわめて非論理的なんですよ。これは国連軍自体がもういまいけないのですよ。(発 言する者あり)だからそれはあとで言いますよ。国連の地位協定というものについては、日本が主体です。当事 者なんですよ。そして、その基礎である大事なこの一九五一年二月一日決議が死文化したのですから、そうなれ ば、この国連軍地位協定の二十三条によって、「この協定の各当事者は、いずれの条についてもその改訂をいつ でも要請することができる。」こういうふうになっておるわけであります。日本の外務大臣が決議が死文化した というふうに考えるのであれば、当然この国連軍の地位協定というのは変えねばいかぬでしょう。基礎がくずれ ているんですから。これは一連の朝鮮決議全部がそうですよ。外務大臣、どうですか。

○福田国務大臣 中国非難の問題ですね、これはもう私は事実上消滅した、こういうふうに申し上げているので す。それが国連軍の地位憲章とどういう関係になってくるか、あるいは朝鮮に滞在しておる国連軍、その法的関 係、そういうものにつきましては、私は、非常なむずかしいお話のようでありますから、責任の解釈のできる条 約局長にお答えいたさせます、こう申し上げているわけでございます。

○井川政府委員 先ほど来申し上げているとおりと思いまするけれども、国連の立場から見た朝鮮事変といいま すものは、まず北鮮から、北からの侵略に始まったということになっております。そして、ある一定の時期をお きまして中華人民共和国の軍隊が、義勇兵が介入した。そのときにおきまして中共非難決議ができたわけでござ います。そして、いわゆる休戦協定ができたわけでございまするけれども、朝鮮における事変はその前から始ま っておるわけでございまして、国連軍と申すものも、その前から、戦争の状態に入りましたときにつくられたも のでございます。そして現在、休戦協定のもとにあるわけでございます。
その板門店における休戦協定の委員会 におきまして中共の代表者もいまだに出席しているわけでございまして、休戦状態が続いている。そして、その 間に中共の介入があった。その中共の介入に対する非難の決議は、形式的には、国連において――それは国連の 決議でございまするから、国連において今後どういうふうに取り扱うかということを審議されることと思います るけれども、福田大臣が申されましたとおりに、平和愛好国として国際連合に中共が加盟したということにより まして、実体的に意味を失ったものだ、こういうことになるわけでございます。

○川崎(寛)委員 五一年の二月一日決議だけでなくて、さらに、五一年の五月十八日の第五回総会決議におい ても、「中華人民共和国中央人民政府及び北鮮当局」云々と、こういうことで、二つ並べてあるわけですね。そ うしますと、その一方の中華人民共和国のほうの中国侵略者決議は死文化したけれども、一方のほうはまだ残っ ておるんだ、つまり、平和の破壊者として諸決議が生きておる、そういう立場に日本政府は立っておるのであり ますか。外務大臣、いかがですか。

○福田国務大臣 少なくとも、中華人民共和国が国連に参加する、国連は平和愛好国の集団である、そうします と、これが平和を撹乱する国であるという前提は両立し得ない、こういうふうに考えております。ですから、中 華人民共和国に関する限り、私は、国連の問責決議、これは事実上死滅しておるのだ、こういうふうに解釈しな いと、理議が一貫しない、こういうことを申し上げているわけでございます。

○川崎(寛)委員 それじゃ、その侵略者決議が否定をされるということになれば、当然にこの国連軍の地位協 定というものは前提がくずれたことになる。当然じゃないですか。その点はひとつ明確にしてもらわなければい けません。だから、国連軍というのが、日米安全保障条約の極東条項の問題にいたしましても一つの抜け穴にな っておる。これはさらに吉田・アチソン交換公文についてもいま私が指摘したとおりです。両方とも一九五一年 二月一日決議というものを土台にしておるわけです。当然この基礎はくずれたということについて、外務大臣、 お認めになりますね。

○井川政府委員 先ほど来申し上げておりますように、中共の介入というのは後ほどのことでございます。そし て在韓国連軍と申しますものは、これは一九五〇年六月二十七日の安保理決議、第八十三条の勧告に基づいてつ くられましたところの国連軍――軍隊でございます。そして日本との国連軍協定は、先ほど私が読み上げました とおり、第二十四条におきまして撤退の時期を定めている。しかして第二十五条において、それがすべて撤退さ れなければならない日にこの協定は終わるということが規定されておるわけでございます。そして、繰り返して 申し上げまするけれども、この国連軍は、現在いまだに国連によりまして大韓民国の中に維持されている軍隊で ございます。したがいまして、国連軍協定が失効するということはあり得ないことでございます。

○川崎(寛)委員 それは答弁じゃないのですよ。条約論としてもちっともなってないじゃないですか。韓国の 中に国連軍があるからいいんだ、そうじゃない。わが日本が当事者になっておる、アメリカと結んだその国連軍 地位協定の中で前提がくずれているのです。くずれたのですから、これは当然変えなければならないじゃないで すか、こう聞いているのです。

○井川政府委員 おことばでございますが、私ども、国連軍協定の中に引用されておりまする一つの決議が死文 化したことによりまして、この国連軍協定が全部無効になったとは考えておりません。しかもこの決議は、先ほ ど来申し上げておりますように、国連軍ができましてから後ほどの決議でございます。そして、それは、中共に 関する限り、福田大臣がおっしゃっておりまするとおりに、意味を失ったものであろう、こういうわけでござい ます。現実に国連軍は国連の決定によりまして大韓民国に駐在いたしております。休戦協定が支配いたしており ます。この休戦協定に四カ国の委員も出席いたしております。そして国連軍協定は、国連軍協定二十四条、二十 五条に定められたところに従って失効するわけでございます。その失効の条件というものは、国連の立場から見 ていまだ充足されておらないわけでございますので、われわれといたしましても、これを一方的に廃棄するとい うふうなことはできないわけでございます。

○川崎(寛)委員 それでは総理にお尋ねしますが、総理は、参議院の本会議で、韓国との関係等について、公 明党の多田議員の質問に対し、北朝鮮に対する敵視政策をとっていないんだ、こういうふうに言われました。そ れでは、一九五〇年の六月の諸決議、平和の破壊者という決議は生きておるというふうに総理はお考えになって おるのですか、どうですか、明確にお答えいただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 過去の決議が生きているかどうか、これは先ほど来いろいろ御議論されておりますから、 その決議が生きておることは、これは御承知のとおりであります。  ただ、私ども北鮮に対して敵視政策をとっているかとっていないか、敵視政策の内容にもよると思いますが、 私どもは、あらゆる国と仲よくする、こういう考え方でございますから、一国に対して敵視政策をとっていると か、そういうものではないことだけ、これはこの機会に、決議がどうあろうと、そういうことははっきり申し上 げておきます。

○川崎(寛)委員 それならば、国連の中で、一九六六年以来、つまり第一回のASPAC会議をソウルにおい て開いて以来、日本政府は、国連の朝鮮問題決議について、この決議を継続する共同提案国になっております。 参戦国でもない日本が、この朝鮮問題の決議にアメリカとともに共同提案国でやっておるということは、今日ま で国連の中で、国府を擁護するために、これまで重要事項、さらには逆重要事項という、今回のあの国際舞台に おけるぶざまというか、すさまじいまでの姿を示してやってきたわけでありますが、私は、これは中国に対する 国府擁護、それから朝鮮問題に対するこの朝鮮民主主義人民共和国への非難決議、その二つを続けてきておる冷 戦政策の継続、こういうふうにいわざるを得ません。その点、総理、どうですか。

○佐藤内閣総理大臣 川崎君も御承知のように、日本は北鮮とまだ国交を開いておりません。私どももそういう 状態にあることを前提にして、われわれは敵視政策は持っておらない、かように御了承をいただきたいと思いま す。
 また、中華民国との間に日華平和条約があること、これはわれわれの権利でもありますし、同時に義務もござ いますから、これを守ることも、やはり国際信義、それを重んずるゆえんだ、かように思っております。しかし 、中華民国を、ただいまこの平和条約、これだけでというわけにいかない状態が今日出てまいりました。北京に ある中華人民共和国と国交の正常化をはかる、その場合にただいまの日華平和条約の取り扱いなどもきめていこ う、かような考え方を持っておること、これは数次にわたって説明したとおりであります。

○川崎(寛)委員 六五年の日韓特別国会で、総理は、なくなった横路節雄議員の質問に対して、今日の国際情 勢は、東西の冷戦のもとに平和が保たれておる、こういうことをあなたは答弁をしておられるわけであります。 世界の体制が行き詰まったということについても、総理は、私の先般の緊急質問の際にも、その東西冷戦の問題 について触れております。そうしますと、この朝鮮についてもそういう冷戦構造が平和を保っておるんだという 考え方に基づいて、今回の朝鮮半島における危機、それから韓国の安全が日本の安全と一体である、そういう考 え方に立ったのであるかどうか、その点を明確にしていただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 ただいま使われた冷戦ということば、これはまあいろいろ――私はそのとおり使ったかど うか、私、疑問に思っております。いま、国際平和、これがやはり力のバランスで維持されている、かようなこ とは申し上げたと思いますが、いわゆる冷戦――冷戦というようなことばが口を出ますと、何だか私どうも抗弁 せざるを得ないような気がするのです。とにかく、国際平和、その維持はやはり力のバランス、そういうものが あるんだ、こういうことは、今日の情勢においてもいなめない事実だ、かように私は思っております。

○川崎(寛)委員 それでは、台湾問題では国連で敗れたわけであります。いずれ、中国の国連復帰によって、 朝鮮問題は来年の国連総会の非常に大きな課題になってまいるでありましょう。それから冷戦構造をいかに解消 していくかということがこれからの重大な問題でありますけれども、そのことについて、その一番かなめになり ます台湾と朝鮮、この二つの問題についてアメリカと共同歩調をとってまいったわけであります。そうしますと 、六六年以来この朝鮮問題についての決議の共同提案国になっておるわけでありますけれども、来年もその共同 提案国を続けるつもりなのかどうか。私はもう共同提案国からおりるべきだ。それは特に外務大臣も、中国侵略 者決議が死文化した――その同盟国が朝鮮側であります。そうなりますと、この問題について日本政府は――来 年はおそらく佐藤内閣ではないと思いますけれども、その朝鮮問題の決議について、続けていくつもりなのかど うか、ひとつ明らかにしていただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 ただいままだちょっと考えてないことを聞かれたので、私どもびっくりしたのですが、そ ういう問題は、御意見は御意見として伺っておきます。ただいままだそういうことについて政府ははっきりした 考え方をまとめておりません。そのことだけ申し上げておきます。

○川崎(寛)委員 先ほど来休戦協定のことを言っておりますけれども、あの休戦協定で朝鮮における戦争状態 は終わったわけです。だから、休戦協定をどう実行していくかということが問題です。そのことについて、あの 休戦協定を実行していない。中華人民共和国のほうはすでに撤退をしております。しかし、米軍は依然として国 連軍として残っておるわけです。そのことは私は休戦協定違反だと思います。外務大臣、いかがですか。

○井川政府委員 休戦協定の最も主眼は、第十二項にありまする、双方の司令官は、その支配下にある陸海空軍 のすべての部隊及び人員を含むすべての軍隊が朝鮮におけるすべての敵対行為を完全に停止するように命令し、 かつ実施しなければならないというところが基本的な規定だと思います。そこで米軍の撤退というものはあると はございません。なぜかと申しますると、国連軍というものはそこにおいて休戦状態のまま維持されているわけ であるからでございます。

○川崎(寛)委員 それではもう一問。朝鮮問題ですね。総理は、共同提案国については考えないと言ったけれ ども、そういう歴史の流れの中で、いかにして戦後の冷戦体制を変えていくかということが問題です。そして日 本がその中で、朝鮮にしましても、中国の問題にしても、ベトナムの問題にしても、全部かかわり合ってきてお るわけです。といたしますならば、この共同提案国からおりるということが、今日の日本としてとり得るせめて もの態度だ。これは逆重要事項指定方式のときに、おりなさい、自民党の中からもたくさん出ました。しかし、 この問題について逆重要事項指定方式のそういうあやまちをおかさないためにも、極東の緊張緩和をしていくた めにも、ここで共同提案国からおりるということが日本政府のとるべき最善のせめてもの道だ、私はこういうふ うに思いますので、その点については考えていないということではなくて、方向を明確にしてもらいたい、こう 思います。

○佐藤内閣総理大臣 私は、川崎君の御意見を聞きながら、またお尋ねを聞きながら、何だか日本のあり方につ いて基本的に疑惑を持っていらっしゃるのではないか、かように思わざるを得ないのです。私どもは平和愛好の 国でございますし、戦争をするというような考え方はございませんし、したがって、平和憲法を忠実に守る、そ ういう立場でございます。したがって、私どもが自国を守るための自衛隊、これは持っておりますが、いわゆる 軍隊ではございません。でありますから、先ほど来言うような韓国とか台湾との中にあってと、いわゆる冷戦状 態、そういうような話はどうもなじみにくい御議論でございます。そのことを私はまず基本的に申し上げておき 、そうして先ほど来、国連中心にわれわれは平和を進めていく、こういう考え方でございますが、この国連にお ける諸決議において共同提案国になるな、いろいろ誤解を受ける、こういうような御議論を社会党を代表してた だいま伺ったばかりであります。私は、この点については、先ほど申しますように、政府はまだ態度を決定して おりません、こういうことを申し上げたのでございますが、そういう際に社会党の御意見を率直に聞くことがで きたことはたいへんしあわせだったと、厚くお礼を申し上げておきます。

○川崎(寛)委員 それでは、共同声明四項で、あなたは、韓国の安全と日本の安全が一体だ、こう言われた。 六五年の日韓特別国会では、日本の安全は日本自身が守っていく、韓国がどのような状態をとっているか、それ は韓国の問題であるので、政府の関与していないことです、こういうふうにあなたは答弁をした。しかし、今度 の共同声明の中において、そしてまた、アメリカで沖繩基地の機能がこれからも十分守られるという中の一つに 、いわゆる韓国条項、台湾条項というものがいわれておるわけでありますけれども、この日韓国会で答弁をして おる考え方と、そしていま冷戦体制の解消という問題について何らかの前進を示そうという気持ちは出しながら も、しかし実際には冷戦構造を強めていく今日の共同声明。なぜ、六五年の日韓国会ではこういうふうに、韓国 自身の問題だ、しかし、それが今度は、韓国の安全は日本の安全と一体だということで前進をしてきたか、その 点をひとつ明確にしていただきたいのであります。

○佐藤内閣総理大臣 これもしばしばいままで申し上げたと思いますので、重ねて申し上げますから、笑わない で十分聞いていただきたいと思います。
 私は、隣が火事になったときに、あれは隣のうちだ、こう言って自分のうちはじっとしている、そんなことは 、自分のうちを守るためにもとるべきことじゃない、かように考えておるのでございます。(発言する者あり) しかし、いま、出かけていくのかという不規則発言がございますが、われわれは出ていかない、これはもうはっ きりしておる。われわれの憲法ではそういうものを禁止しておる。だから出かけていかない。また、ここにいる 米軍が、いわゆる安保条約、その体制のもとにおきましては、出撃する場合には事前協議の対象になる。事前協 議には、ノーもありイエスもある、こういうことを申し上げておるのでございます。そのとおりをやっていく、 今後も変わりません。そこで私は、先ほど来問題になります沖繩の米軍基地、これが本土並みに安保条約が適用 され、諸取りきめがそのまま適用になるというその状態を考えると、これはよほど質的に変わるのではないか、 量的な変わり方が今日できないこと、これはまことに残念ですが、質的には明らかに変化する、この重大なる質 的変化を認めていただきたい、かように思う次第でございます。

○川崎(寛)委員 質的な変化は、いささか柔軟性を欠くとだけしかアメリカ側でも理解をしていないわけなん です。機能はちっとも変わらない。それは、事前協議でこういう韓国条項や台湾条項で十分果たされるというふ うにアメリカ側は理解しておるわけなんです。そういたしますならば、すでに先ほど来繰り返し言っております が、中国の侵略者決議が死文化をした今日、なお朝鮮半島におけるあの休戦協定をめぐります前後の問題につい て諸決議を依然として守っていくのかどうか。私は、この中国の侵略者決議が死文化したと同時に、一九五〇年 の六月二十五日、二十七日、そうした一連の決議は全部当然死文化しておる、そうならなければならないと思い ます。外務大臣、いかがでありますか。

○福田国務大臣 ただいまの問題は国連の問題です。でありますので、国連でこれをどういうふうに扱うか、こ れはまた、わが国も代表を出しておりますから、よく相談をいたさせます。ただ、事は中国の問題に発しておる わけですから、関連してその他の問題がぞろぞろぞろぞろと出てくるというような状態ではなかろうか、そうい うふうに見ております。

○川崎(寛)委員 中国の問題に関連してぞろぞろぞろぞろ出てくるのではないだろうか、こういうふうに、問 題の深い根をばく然とながら外務大臣は知っておられるわけですね。言われたわけです。だから、一連の決議で す。もう国連総会でこれをどうするかというのが来年問題になります。ことしはたな上げしました。しかし、こ の国連における朝鮮問題をほんとうに休戦協定に基づいて解決をしていかなければならないという段階にきてい るわけなんです。あなたが敵視政策をとらない、こういうのであれば、平和の破壊者としての国連の諸決議、そ れは当然死文化すべきである、その点を私はなお重ねてお尋ねをしたいと思う。

○福田国務大臣 私は国連で相談をするというふうに申し上げましたが、いま国連で問題になっておりますのは 、直接には日中問題、これに関連していろいろな問題が起こってくるだろう、こういうふうに申し上げておるの です。それが他のいろいろな国の問題に波及してぞろぞろと出てくるという状態とは見ておりませんという、逆 のことを申し上げておるわけであります。

○川崎(寛)委員 そうではなくて、これは当然出てくるのです。では、共同提案国からおりますか。外務大臣 いかがですか。

○福田国務大臣 これは来年の秋の問題で、これから慎重に考慮いたします。

○川崎(寛)委員 それでは、はっきりと、不規則発言が出たように、いまの内閣では方針が出せない、こうい うのが意見のようでありまして、そこで私は台湾の問題についてお尋ねをしたいと思います。  いま自由民主党の中で、中国問題についての意見が、つまり総理が党議を越えてかってに前進しつつある―― 前進していると思わぬのですけれども、何か変わりつつある、こういうふうにいっております。でありますから 、ここでほんとうに日中間の問題を解決する道は、アヒルの外交ではもうだめです。そんなことで、水の下でや ったり、手紙を出したり、いろいろなこともやっておるようでありますし、いろいろな手も通じておるようであ りますけれども、いま大事なことは、原則を明確にするということであります。日中国交回復についての自由民 主党の決議が出ておりますけれども、こうした自由民主党の決議で日中の国交回復ができる、そういうふうに総 理はお考えになっておりますか、いかがですか。

○佐藤内閣総理大臣 これはたいへん重大な問題ですから、そう簡単に結論を、あるいは見通しを申し上げるこ とはいかがかと思います。しばらく預からしていただきます。

○川崎(寛)委員 それでは、日台条約をそのままにして日中の国交の回復――つまり、日中の国交回復という ことは、最終的には日中間に平和条約を結ぶことだと思います。その点いかがでありますか。

○佐藤内閣総理大臣 日台条約というのは、日華平和条約の誤りじゃないかと思いますが、条約ははっきりその 名前を言っていただかないと、日台条約というような条約はございませんから、それだけはっきり申し上げてお きます。

○川崎(寛)委員 日本と台湾との条約をそのままにしておいて、日本と中国との間に国交回復をし、平和条約 を結ぶことができますか。

○佐藤内閣総理大臣 日華平和条約は、私はたびたび申し上げておりますが、北京にある中華人民共和国と国交 の正常化をはかる、その間においてこの取り扱い方を協議したい、これが私の考え方でございます。

○川崎(寛)委員 ショウカイセキ総統自体、これは六八年でありますが、日本の新聞社の編集者の訪台団に対 して、日本と中国との国交回復をしたときには日台条約は廃棄するということを、蒋介石自身も言っておるわけ であります。でありますから、当然、日本と中国との国交回復にはこの条約の廃棄ということがなければならな い。この点を明確にしていただきたいと思います。

○佐藤内閣総理大臣 中華人民共和国ではさように言っているようなうわさは、私は聞いておりません。けれど も、私は、日本政府としては、日華平和条約、これには、権利もあるが義務もある、こういうことをたびたび申 し上げております。しかし、ただいまの情勢と日華平和条約を結んだときの国際情勢とは変わってきております 。どういうように変わったか。これは、明確に申せば、日華平和条約を結んだときは、中国の代表者として中華 民国を承認している国が、中華人民共和国を代表者として承認している国よりも多かったという、そういう事実 でございます。しかしながら、今日は、中華人民共和国が中国を代表するものとしてこれを国連に迎える、こう いう状態になっておりますから、その状態を踏んまえて、ただいま、過去において結んだ条約、これをいかにす べきか、これを十分協議したいと思います。

○川崎(寛)委員 それでは、台湾については、中国の領土である。ただ、台湾の地位はまだ未定でしょう。こ の議論は、もう時間がありませんから、長々できないのですけれども、しかし、台湾の地位はまだ未定ですね。 領土の帰属は中国だ、こういうふうにあなたは言っておるけれども、台湾の地位については、これは未定である 。愛知外務大臣も、国連総会で、台湾海峡をはさんで二つの政府がある、こういうふうに言えば、これは一つの 中国の中に二つの政府があるという、一つの中国、二つの政府論を展開しておるわけです。
そうしますと、その 中で、私はこの沖繩の基地と関連をしてまいりたいと思いますけれども、台湾が中国の領土だということが明確 になりながら、その中国の領土の安全が日本の安全と一体であるという、いわゆる共同声明の第四項、このこと は、アメリカが米華防衛同盟条約を今後も続ける、守るということが続いていく中においては、この日米共同声 明の台湾条項というのはずっと生き続けるわけです。そうすると、この中国の領土の安全が日本の安全と一体で あるという考え方、そして日本と台湾との条約をそのままにして、それで日中の国交回復という方向に進み得る というふうにお考えになるのでありますか、どうでありますか。

○佐藤内閣総理大臣 日本には日本の立場がございますし、また中国には中国の立場があると思います。そうい う点は、お互いに主張し合わないとはっきりしないのじゃないですか。もういままで皆さん方も北京といろいろ 接触されて北京側の言い分は十分お聞き取りですし、しかしながら、私どもは、日本政府として日本の立場のあ ること、それを十分理解してもらいたい、かように思っておりますが、これで――いろいろ言われました。いろ いろ言われましたが、結論だけ申せば、ただいまのことで私の答弁は終わるのかと思いますが、これでよろしゅ うございますか。






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