武装国家の実現を--石橋湛山

無武装国家の実現を--自民党総裁・首相となった石橋湛山が、戦後2ヶ月で提言

高橋哲哉著「靖国問題」に、東洋経済新報1945年10月13日号に掲載された、石橋湛山の「靖国神社廃止の儀 難きを忍んで敢えて提言す」という一文が紹介されている。

それによると、戦前から植民地放棄を主張し、戦後1956年12月に首相に就任し、病気で翌年2月に引退(1973年没)した同氏は、
この、敗戦後からわずか二ヶ月足らずの時点で、

「我が国民は、今回の戦争がどうしてかかる悲惨の結果をもたらせるかをあくまで深く掘り下げて検討し、その経験を生かさなければならない。
しかしそれには何時までも怨みをこの戦争に抱くがごとき心がけでは駄目だ。
そんな狭い考えでは、恐らくこの戦争に負けた真因をも明らかにするを得ず、再生日本を建設することはむずかしい。」
と述べた上で、

「我々はここで全く心を新たにし、真に無武装の平和日本を実現すると共に、ひいてはその功徳を世界に及ぼすの大悲願を立てるを要する。」
としている。(少し文章表現を変えた)

高橋氏は、この真に「無武装の平和日本を実現する」という一節に注目し、
これは憲法九条のルーツとされるマッカーサー3原則(1946年2月)はもとより、日本側からも政府・野党・民間を含めて、何一つ新憲法草案は出ていなかった」と指摘している。

そのうえで、「敗戦直後の日本に、靖国神社の廃止と「無武装国家の実現を同時に考える思考があった」と確認している。

実際に総理大臣に就任した段階でどうだったか、は別にして、このような九条先取りの見解が保守合同後の自民党指導者から出されていたと言う事実は、もっと注目されてよいものではないだろうか。



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