町田の戦禍
断片 「戦車道路」戦車道路は一坪が酒一升
《小山田展》のトップページ(目次) (自由民権資料館のHPより)
■防衛庁車輛試験道路(戦車道路)の普通財産売払申請書
常盤町・佐藤晃家文書
1970年(昭和45)ころ、上小山田の佐藤繁吉さんらは、戦車道路のための対策協議会を結成し、返還のための運動を始めます。
1971年5月には、大蔵大臣にあてて売払いの申請書を提出しました。
“お国のためということで売却に応じたが、ほとんど使用されておらず、また一般道路の扱いを受けていないので通行はもとより建築物の確認申請ができずに困っている”と払下げの理由が述べられています。
■市議会への請願書
常盤町・佐藤晃家文書
佐藤繁吉さんらの返還運動と並行して、市でも払い下げの働きかけをおこない、道路公園化構想を打ち出します。
佐藤さんらは、1972年(昭和47)9月、市議会へ幅員6mの生活道路を確保するよう請願をおこないました(採択)。
■市民ぐるみの運動が実って[写真]町田市に管理委託されて間もない頃と思われます。まだ舗装もされていませんが、親子連れがサイクリングに訪れています。
■現在の尾根緑道
戦車道路は、1975年(昭和50)5月、国有財産地方審議会が市への管理委託を答申し、翌年には7・9qのうち3・5qが、78年12月には残りすべてが市の管理委託とされました。
■現戦車道路・尾根緑道の所在[地図](略)
二00二年六月写す